今井絵理子(SPEED)わが子への思いから「完全復活」まで

「同世代や同じ境遇の人たちに勇気を与えたい」
 息子・礼夢(らいむ)君(3)の聴覚障害を初告白した今井絵理子(24)の思いが、4人の元メンバーの結束を強めた。人気絶頂の00年3月に電撃解散した沖縄4人娘「SPEED」が8月末の「24時間テレビ」(日本テレビ)での武道館ライブ中継を機に再結成される。SPEEDは01年と03年にも期間限定で復活しているが、今度は無期限、本当の復活だ。
 メーンボーカルだった今井は、解散後も音楽、ドラマ、映画、舞台などで幅広く活躍。元メンバー唯一のママとなってからもellyの名で音楽活動を続けてきた。この間、04年10月に元夫(昨秋離婚)の「175R」のSHOGO(28)との間に生まれた礼夢君については、自著「笑顔でいこう」(05年、祥伝社刊)に出産までの思いがつづられていた。
 その愛児に聴力障害があることを今回、ファンに向け初告白したウェブ日記のタイトルは「笑顔でいこうと誓った理由」。「母親の声を聞くことができないわが子に、SPEEDとして歌を届けたい」との今井の思いに、元メンバー全員が共感した。
 31日放送予定の番組には、礼夢くんも参加し、母と子で勉強中の手話を披露してくれる。
 今井は決して裕福な家庭出身ではない。彼女が6歳で地元沖縄のカラオケ大会に参加し、沖縄アクターズスクールにスカウトされたとき、バレエやピアノも長続きしなかった少女の思いをかなえてくれたのはおばあちゃんだった。「自分でやりたいと言いだしたことは、とりあえずやらせてあげなさい」と年金から入学金を工面してくれた。そんな温かい心の支えがなければ、今日の今井はいなかったかもしれない。
 地元では92年から8人組のユニットとして活躍した。95年、8人中4人の小・中学生だけが上京し、日テレの音楽番組に出演。番組内の公募で96年1月、「SPEED」というグループ名が決まり正式デビューした。
 同年代の少女ファンらの圧倒的な支持を受けて、00年3月の解散までにシングル17枚、アルバム6枚、合計約3000万枚ものCDを売り上げ、音楽界の最年少記録を次々と塗り替えた。
 99年にグループでパーソナリティーを務めた「24時間テレビ」の番組プロデューサーが、当時から難病と闘っていた野尻由依さん(21)と4人との再会を提案し、今井の強い意志で、グループ再結成へと話が進んだ。
「障害について多くの人に理解してもらいたい」とのまっすぐな彼女の思いは、メンバーだけでなく、多くの人たちの心にも伝わるに違いない。

| 希望


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